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  • 2017.06.24 Saturday
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保育園での1年間

約半月振りの更新です。
早いもので職場(保育園)を退職して10日が経ちました。
今までの疲れが出たのか先週は熱を出し、ほとんど1週間寝たきりで過ごしていました。
風邪で寝込んだのは実に10年振りのことであり、10年前と言えば当時僕は小学6年生でした。
・・・と前置きはここまでにして僕の保育園での1年間を振り返ってみたいと思います。

〈反省点〉
力不足だったところ
個人的に最後まで保育をする上で難しいと感じていたことは物事の優先順位や状況判断でした。
クラスで他の担任の先生方と連携して動く上で僕が周りをよく見れていなくて気づいたら他の担任と同じことをしていたり、普段は僕を含めた4人のクラス担任で動いていましたが、休暇などで担任が1人おらず3人で動かなければならない時に僕は何も考えずにいつもの4人の時の動きをしてしまい、子どものスピードについていけていなかったり、周囲に迷惑をかけてしまうこともありました。
また、「これの次はこれをやる」・「何時くらいに何をやる」・「昨日はこうやって動いたから今日もこう動けばいい」といったように自分の頭の中で保育をマニュアル化してしまっていた時もありました。
保育はマニュアルのない仕事です。
ゆえに上記したようにその状況(子どもの状態)に応じて物事をスムーズに動かすためにまず何をすべきかの優先順位を考え、その順序立てた優先的な物事に対して子どもがどういった反応を示すかによって次にすべきことを判断していかなければならないのが保育です。
無論マニュアル化するとその状況に合わないことも多々あり、保育は覚えるのではなくて考えて動いていかなければならないということを1年間通して学ばされ、かつ1年間の保育の仕事をする上で自分に最も足りなかったのが優先順位や状況判断をする力だったと思っています。

遊び
子どもの職業とも言うべき「遊び」。
上記しましたが、「遊び」と一言で言ってもどうやって遊べばいいのか、逆にどうやって遊べば子どもが楽しめるか、または遊びの工夫なども本当に周囲の先輩達の遊び方を幾度となく見学しましたが、本当に遊ぶということは難しいとともに並大抵ではないと感じました。
夏場は子ども達と一緒に泥団子作りや泥の山作りなど、暑くなって水遊びやプールでは子どもを背中に乗せて泳いだり、水の中の追いかけっこをしたりしました。
もちろん、楽しい“時”もありましたが、この時はまだ僕がどうやって子どもと遊べばいいのかが本当に全く分からずにただ立ち尽くしているだけがゆえに周囲の先輩達に言われるがままに遊んでいたため、正直心底楽しめてはいなかったと思います。
子どもと遊んでいて心底楽しいと思えるようになったのは運動会を終えた秋頃であり、ちょうどその頃に僕は仕事に対するモヤモヤ感を吹っ切れるようになって気持ちにも少し余裕が出てきました。
子ども達は月齢が高くなるに連れて走ることや追いかけられるのが以前にも増して好きになってきたため、外では毎日朝から晩まで子ども達と追いかけっこをして楽しみ、子ども達の表情も「楽しい!」・「もう1回!」という期待に満ち溢れた顔をしていました。
また、散歩先では木の実拾いや落ち葉のたくさん落ちた山で「誰か助けて〜!」なんて言いながらうつ伏せで滑ったりしながら子ども達と一緒に遊び、「誰か助けて〜!」は特に月齢の低い子ども達がハマって何度も繰り返していました。
冬になると米袋で作ったそり(米ぞり)で園庭や公園の山、堤防の坂を子ども達に誘われて一緒に滑ったり、雪だるま作りや雪合戦も子ども達が楽しんでくれたので良かったです。
また、子ども達も3歳児に近くなると「むっくりくまさん」・「あぶくたった」・「トントントン何の音?」などのちょっとしたやり取りのある遊びを好むようになり、僕もまたそれらの遊びを覚えて子ども達と一緒に楽しみ、回数を重ねるごとに子ども達は遊ぶのが上手になって楽しんでいました。
僕もまた遊びをいくつか覚えることができて子ども達と一緒に楽しめたこと、または子ども達が楽しんでくれたことは良かったと思っています。
しかしながら、子どもと遊んで一区切りつくと次に何をして遊ぼうかといったことを考えるまでに時間がかかってただ立ち尽くしているだけの自分がいたり、ちょっと遊んだら遊ぶのをやめてしまう子どもをどうやって継続して楽しませてあげるかをそれほど考えられていなかったこともあったため、これらは反省点として重く受け止めています。

信頼関係
子どもとの信頼関係・・・これは本当に1年間通して頭を抱え、最も難しいと感じたことでした。
最初の頃は子どもの気持ちの受け止めが足りないことや物事の良し悪しを伝えること(メリハリをつけること)も足りず、子どもとのコミュニケーションが取れずにいました。
僕の言うことに子ども達は誰一人として耳を傾けてくれず、逆に子どもの言うことを全てが全て間に受けてしまっている、簡単に言えば子どもの言うことを聞いている自分がいました。
その都度、先輩達からのご指導も受け、子どもの気持ちを受け止めるように、メリハリもつけていくように心がけました。
また、信頼関係を築くためには第一に「子どもと遊ぶこと」ということをよく先輩達にアドバイスをいただいていたため、遊びもどうやって遊んだら子どもが楽しめるかを考えながら遊ぶようにしていきました。
遊びが僕自身も心底楽しめるようになってくると子ども達も楽しんでくれるようになり、少しずつ子ども達が僕についてきてくれるようになりました。
徐々に信頼関係も少しは築けたと思う傍ら、僕自身の甘さから最後の最後まで子ども達を依存させてしまっていました。
子ども達は確実に3歳児に向かって成長しており、子どもは自分のことをできるのに「できな〜い!」と言っていると僕自身の成長不足から僕はすぐに子どもに手をかけてしまったり、ケンカもまたすぐに噛みついたり手が出るためにすぐに仲裁しなければならなかった最初の頃に比べて見守っても大丈夫になってきた子どももいるにも関わらず、ケンカが起こると何も考えずにすぐに仲裁してしまうということもありました。
次第に子どもの様子を見守ること、子どもが「できな〜い!」と言っても「まずはやってごらん」という言葉掛けをしてどうしてもできなければ手伝って子どもが「自分でできた」という達成感を持てるようにすることを僕なりに大事にはしてきたつもりです。
しかしながら、子ども達は何か困ったことや都合の悪いことがあると真っ先に僕のところへ来てしまうなど、上記したように最後の最後まで子ども達を依存させてしまっていました。
物事の良し悪しははっきりさせるように、本気に叱らなければならない時には叱るようにメリハリをつけるように心がけてきたつもりですが、子ども達が僕の話に耳を傾けてくれるまでに時間がかかったり、子どもが大勢だとなかなかまとまらない時もありました。
子ども1人が自分についてきてくれるまでには本当に時間もかかり、上記したように子ども達と遊ぶことの楽しさを僕自身が実感できるまでにも時間はかかりましたが、多々の反省点はある中でも毎日子ども達と楽しく関われたことやほんの少しかもしれませんが子ども達も僕についてきてくれたと思うため、良かったと思っています。

〈エピソード〉
本当に子ども達との思い出は数え切れないほどたくさんあります。

・職員会議の時に全職員がいる中で僕なんかだけに「関口バイバイ!」と言って帰っていった子ども
・とても遊ぶのが上手でいつも「〜して遊ぼう!」と遊びに誘ってくれたり遊びをたくさん教えてくれた子ども
・「関口〜!○○ねぇ〜・・・」と色々な話を教えてくれたり、おままごとや追いかけっこなどとても楽しんでくれた子ども
・昼食後から午睡までの間に「おすもの(♪おすもうのはじまり)!」(おすもうごっこ)と言って毎日のようにおすもうごっこに誘ってくれた子ども
・お絵描きの時に「関口、いっぱい描いた」と僕のことを絵にたくさん描いてくれた子ども
・追いかけっこが大好きで「もう1回!」と毎日のように一緒に走った子ども
・登園時には「関口おはよう!」、降園時には「関口バイバイ!」と毎日元気良く言ってくれた子ども
・冬の外遊びで子ども達が僕の帽子を取って面白がっていた時に「みんなダメ!帽子取ったら関口寒いしょ!!」と言ってくれた子ども
・「関口大好き!」と言っていつも遊びに誘ってくれたり色々な話を聞かせてくれた子ども
・毎朝「関口おはよう!」と声をかけてくれたり、昼食時に「ここいいよ!」と優しくしてくれた子ども
・昼食時、時に散歩で歩いている時に「関口今日一緒に食べよう!」とほぼ毎日誘ってくれた子ども
・「〜作ろう!」・「〜して遊ぼう!」とたくさん遊びに誘ってくれた子ども
・毎日のように「関口見て!」・「関口ちょっと来て!」とおままごとに誘ってくれた子ども
・冬場には追いかけっこや米ぞりを毎日のように誘ってくれ、室内ではおままごとをとても楽しんでくれた子ども
・夏場にはプールの中での追いかけっこや僕の背中に乗って遊ぶのをとても楽しんでくれた子ども
・おんぶやだっこ、僕が子どもを持ち上げて遊ぶ飛行機ごっこを人一倍楽しんでくれた子ども
・毎日のようにおすもうごっこや飛行機ごっこ、リズムごっこをとても楽しんでくれた子ども
・「○○ねぇ〜」と毎日たくさんおしゃべりしてくれ、たくさん一緒に話したり遊びに誘ってくれた子ども
・冬場には「あ・そ・ぼ!」と毎日のように声をかけてくれて雪合戦や追いかけっこを毎日のように楽しんでくれた子ども
・毎日のように「関口〜!」といつも声をかけてくれ、家でも「関口好き!」と言ってくれていたという子ども
・「○○ねぇ〜」とたくさん日頃の出来事を教えてくれたり、特におままごとをとても楽しんでくれた子ども
・外では鬼ごっこや追いかけっこを楽しんでくれ、くすぐり遊びもとても楽しんでくれた子ども
・冬場は雪合戦や追いかけっこを楽しんでくれ、休みの時には家で「関口と遊びたい!」と言ってくれていたという子ども
・「関口〜!」といつもそばに来てくれ、夏場秋場は泥団子作りをたくさん一緒にやって楽しんでくれた子ども
・おしっこの着替えを手伝っていると「関口の手、温かい」と何度も言ってくれた子ども

・・・本当にたくさんの嬉しかった思い出がたくさんあります。
また、親御さんからも多々の温かいお言葉をいただいたり、家で子どもが僕のことを話していたというエピソードも多々お聞きし、いつもご迷惑をおかけして何もできなかった僕なんかを保育士として支えて下さり、本当に感謝でいっぱいです。
苦労や葛藤も多々ありましたが、本当に幸せな保育園生活でした。

〈送別会〉
僕にとって仕事最終日となる3月31日の前日、つまり30日のおやつの時間に1年間一緒にクラスを担任してきた先生方が送別会を開いて下さいました。
僕、並びに同じく退職されるクラス担任の方に子ども達の写真の載った、クラス担任のメッセージ入りの色紙の贈呈がありました。
その数分後、親御さん数名が集まって下さり、親御さんのお計らいにより、子ども1人ひとりから花の贈呈がありました。
また、親御さんからも子ども達の写真の載った親御さん方のメッセージ入りの色紙をいただきました。
いつもご迷惑ばかりおかけし、本当に何もできなかった僕ですが、こんな僕にも本当に素敵なプレゼントをいただき、素直に嬉しかったです。
本当に一生の宝物となりました。
そして、31日に最後の仕事を終え、夜からは職員の送別会がありました。
和風料亭で先輩達や後輩と話しながら過ごし、とても楽しいひと時でした。
退職者には記念品の贈呈があり、僕は可愛らしい花束と職場の男性保育士が選んで下さったという料理の本をいただきました。
今後、有効に活用させていただきたいと思っています。
そして、その後の2次会と3次会は両方ともカラオケであり、声が出なくなるまで歌い続けました。
僕の歌を聴いて楽しんで下さる方々もおり、とても良かったです。
3次会は朝まで行いました。
最後の日は1年間のご褒美とも言うべきか、本当に楽しく、充実したひと時を過ごすことができました。
 

↑クラスの送別会で子ども達からもらった花
 
↑職員の送別会でいただいた花束

↑同じく職員の送別会でいただいた本

〈1年間を通して〉
思えばなかなか就職先が決まらずに日々就職活動を行っていた去年の6月、突然即決という形で就職先が決まり、人生初の保育士並びに社会人として働くことになりました。
とにかく毎日失敗してご指導をいただいての繰り返しの日々を送り、最初の頃は慣れない環境や自分のメンタル面の弱さもあり、一時期は本当に精神的に追い込まれ、夜眠れなかったり、朝起きてから仕事へ行くまでのモヤモヤ感が消えず、そのモヤモヤ感がだんだん吐き気に近くなったり左胸が痛み出したりと大変な時期もありました。
心底「仕事を辞めたい」と感じる日々は本当に長く続きました。
しかし、そんな時に支えてくれたのは親、恩師、そして友達でした。
親へは何か辛いことがあると幾度となく電話をして毎回話を聞いてくれ、毎回慰めてくれました。
恩師もまた電話やメール、スクーリングや私用でお会いした時に悩みを話すと適切なアドバイスをいただくことができ、本当にたくさんの恩師にお世話になりました。
そして、友達。
本当に友達には支えられました。
僕の家に来て色々話を聞いてくれた友達、遊びや飲みに誘ってくれて会う機会を増やしてくれた友達、自宅に招待してくれてリフレッシュさせてくれた友達、mixiの日記に幾度となく返信をくれた友達、電話やメールで励ましてくれた友達・・・幼馴染から高校時代の友達、そして専門学校時代の友達と本当に多くの友達に支えられました。
去年の6月以降の僕のプライベートに関するブログの記事を見ていただければ分かる通り、本当に友達とたくさん過ごしてメンタル面を支えてくれました。
また、仕事面では園長先生を始めとして周囲の先生方、そして特に一緒にクラスを担当させていただいた先生方にはご迷惑も多々おかけしましたが、その都度適切なアドバイスやご指導をいただき、みなさんが長い目で見て下さったお陰で僕も逃げ出さず投げ出さずに続けることができました。
辛いことがあっても1日1日を休まずに過ごしていき、働いて5ヶ月目に突入して急に吹っ切れるようになり、それから退職の日まで突っ走ってきました。
僕は緊急雇用契約という短期雇用(最大1年間)、かつ再契約できないという制度上の関係で残念ながら退職となりましたが、今となってはもし僕に2年目があるのであればぜひとも仕事を続けたかったと心底思っています。
また、今だからこそ言える正直な話ですが、専門学校在籍時は「子どもと毎日楽しく遊んでお金がもらえるのだからこれ以上楽な職場はない」というのが僕の保育の現場に対するイメージでた。
しかし、いざ保育園で働きだし、2歳児を担当することになり、一言で「遊び」と言ってもどうやって遊べばいいのかどうやって関わればいいのか分からず、遊ぶだけではなく子ども一人ひとりを理解して「育てなければならない」という大変責任のある並大抵の仕事ではないということを実感した1年(厳密には10ヶ月)でした。
しかしながら、上記したように先週ほぼ1週間僕は熱で寝たきりの生活をし、それによって体を動かすことの楽しさ、そして大変なこともたくさんありますが仕事をできる喜びを退職して初めて感じました。
次、どういった進路にするかはまだ具体的に決めることができていませんが、社会人として1年間職場で経験したことを今後の人生に活かせるよう、精進していきたいと思っています。
また、今後とも時折子ども達の様子を見に保育園に行くことができればと思っています。
できれば僕が担当させていただいた子ども達が卒園するまでは見届け、もし子どもの成長に何か自分がお役に立てることがあれば協力もしたいとも思っています。
1年間僕を支えて下さったみなさん、本当にありがとうございました!
そして、今後ともよろしくお願い致します!!


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