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幼稚園ボランティア

9月17日、我が出身園での実習を終え、子ども達と涙々の別れをしました。
あの別れから、一昨日でちょうど1ヶ月が経ちました。
また、1ヶ月前の今日は幼稚園教育実習の報告書を一生懸命書いていた日です。
本当に時の流れとは早いものです。

去る10月14日、幼稚園へ実習日誌を取りに行ってきました。
そのついでというわけでもありませんが、今後の就職活動や後期の授業が始まって平日は学校があるということを踏まえると、幼稚園に遊びに行けるのは最後かもしれないと考えたため、ボランティアとして幼稚園で1日過ごさせていただくことになりました。
ホールの隣で、自由遊びの時はホールとの仕切りがなくなっている、実習をさせていただいたA組の先生に挨拶しに行きました。
「おはようございます!」と僕が教室に入るや否や、「あ、やすひろ(先生)だ」という子ども達の声がたくさん聞こえてきて、子ども達がたくさん集まってきました。
「久しぶりだねぇ!」と声をかけながら、およそ1ヶ月振りとなる再会をお互い喜びました。
「肩車して!」・「おんぶして!」・「だっこして!」という子ども達の要望に応えながら、朝の自由遊びの半分程は肩車・おんぶ・だっこをしていました。
残り半分は何人かの子ども達が「怖い話して」・「面白い話して」と言ったため、その場で思いついた話をし、子ども達を笑わせていました。
朝の自由遊び終了後、A組で朝の会を経て、子ども達は卒園アルバムに載せる個人写真の撮影を行い、その後子ども達は布巾縫いの制作に入りました。
布巾縫いの制作は僕も幼稚園時代に行っており、できた作品は倶知安の公民館に展示されます。
自分も幼稚園時代にできていたことではあるのですが、大人になってから子どもが布巾を縫う姿を見ると、「すごいなぁ〜!」と感じました。
みんなそれぞれの表現をしながら、たくさんの色を使って、キレイな布巾を縫っていました。
ちなみに、僕は黄色が大好きであり、黄色一色でした(笑)。
・・・いや、個々の表現の仕方があるのですから、一色のみでも、たくさん色を使ってもいいのです!
布巾縫いが終わったら、昼食の時間でした。
「一緒に食べよう」と誘ってくれる子どもが多く、順番に席を回って食べました。
その後は園庭に出て子ども達と一緒に砂場で遊びました。
帰りの会が終わると、子ども達1人ひとりとタッチをしてさよならしました。
その後は実習当時と同じようにトイレ掃除をし、その後はバス待ちの子ども達と遊びました。
カンチョーされまくってました(笑)。
バス待ちの子ども達が帰った後は預かり保育の子ども達と肩車・おんぶ・だっこ、鬼ごっこ、絵本読みなど、色々なことをして遊びました。

ボランティアでの大きな反省点は2つありました。
ひとつは朝から「先生、寒い」と言っている子どもがいました。
教室が少し寒く、僕も少し肌寒かったため、「そうだね、先生も何か寒い」としか言葉をかけていませんでした。
しかし、昼食時にも何回か「先生、寒い」と言ってきたので、おでこを触ってみると、少し熱く、その後に担任の先生に熱を測ってもらったら、高熱を出していました。
「どうして、すぐに気づいてあげられなかったんだろう・・・」、幼稚園に限らず、実習全てに出てきた反省点「気づく」ということがまだまだ足りず、結局その熱を出した子どもは気力だけで朝から昼まで頑張っており、可愛そうなことをしてしまったと反省しました。
もうひとつは預かり保育の時、氷鬼か地蔵鬼をやるかで年長さんの子ども何人かと年中さんの子ども(Aちゃん)がもめており、たまたま1人の年長さんの子ども(Bくん)の手がAちゃんに当たってしまい、Aちゃんが泣き出してしまいた。
Bくんは何度も「ゴメンね」と謝っていましたが、Aちゃんはなかなか許す気持ちになってくれず、次第にAちゃんのお兄ちゃんやもめごと(氷鬼か地蔵鬼か)が起こった時にその場にいなかった子どもが加わってきて新たなもめごとが始まり、話がぐちゃぐちゃになっていきました。
そして、僕が「Aちゃんには先生がお話しておくから、みんなは遊んでおいで」と、自分自身が未熟であり、言葉が見つからなかったというのもあったのですが、そういった言葉がけをしてしまいました。
幼稚園での実習中にも同じようなことがあり、その時にもそういった言葉がけをしたことがあり、その時はある程度上手くいったことがありました。
すると、Aちゃんのお兄ちゃんには「妹が悲しい気持ちなのに、自分達だけ遊びに行けるわけないっしょ」、もめごとが起こった時にその場にいた子ども達には「僕(私)もAちゃんのこと待ってあげたい」と言われ、自分の言葉がけが大きな間違いだったことに気づきました。
僕は子ども達に「先生、何とかして」と言われたわけでもなかったため、もう少しその場を見守り、子ども達が解決していくのを待つこと、子どもが伝えきれない気持ちを代弁しながら解決できるように促すことが必要だったと思いました。
実習中に起こった出来事に対する自分の言葉がけに関しても同じことが言えたことを、その時初めて気づきました。
今後、同じようなことがあれば、同じ失敗を繰り返さないよう、気をつけたいです。

久しぶりの幼稚園で、失敗や反省も多々ありましたが、元気ハツラツな子ども達とたくさん遊び、本当に楽しかったです。
A組の子ども達には「またゲーム考えてきてね」(R・Nくん)、「やすひろいなくなてから、1日も忘れなかったよ」(Y・Aちゃん)、「また遊びに来てね」(D・Sくん)、「『にじ』弾いて」(Y・Aちゃん、R・Nくん)、「帰りの会、やすひろがやって」(Y・Aちゃん、Y・Tちゃん)など、嬉しい言葉をたくさんかけてもらいました。
また、実習最終日、A組のみんなで撮った写真を貼ったメッセージカードをプレゼントとして子ども達1人ひとりに渡しましたが、僕のミスで2人のプレゼントを持ってくるのを忘れてしまい(帰りの会が終わった後に母に頼んで持ってきてもらい、渡すことができましたが)、そのことを覚えていたY・Sちゃんが「写真持ってきた?」と気遣ってくれ、その優しさがとても嬉しかったです。
懐かしかったのは知能検査で昼に親御さんのお迎えを待っていた、「やすひろチンチン」のB組のH・Kくんに「今日、知能検査なんだ。もう、小学1年生になるんだもんね。この間まで『やすひろチンチン』って言って走り回ってたのにね」と声をかけると、「あ、『やすひろチンチン』って言ってたの、覚えてた?」って(笑)。
すると、H・Kくんは「やすひろチンチン!」と言いながら、5分くらい幼稚園の中を走り回っていました(笑)。
別に僕は下ネタが好きというわけではありませんが、「やすひろチンチン」、結構気に入っているんです(笑)。
なので、H・Kくんが帰ってしまう前に「やすひろチンチン」でコミュニケーションを取っておきたいと(笑)。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎ、17時に帰ることになりました。
預かり保育の子ども達みんなとさよならしていると、「今日は泣くなよ」と僕に言ったY・Aちゃんが少し泣きそうな顔をしながら「発表会、12月5日の日だよ」と教えてくれ、「うん、先生ちゃんと日にち知ってるから、絶対行くよ」と声をかけて、みんなとさよならしました。
外へ出ると、渡り廊下の窓から「やすひろ(先生)!」と何人かの子ども達が手を振っており(トイレに行き、預かり保育をやっているホールへ戻る時みたいでした)、近くに行ってそこにいた子ども達とタッチをしていると、「さよならしたくない」と涙目で言ってくれたR・Nくん、「もう明日は来ないの?」と寂しそうに言ってくれたA組のR・Aくん、「発表会、絶対来てね。約束だよ」・「冬になったら、やすひろと雪合戦して遊びたい」と言って3回指切りをしてくれた同じくA組のS・Mちゃんなど、最後の最後まで子ども達の優しさに触れながら、さよならできました。
ただ、発表会は行けても、残念なことに恐らく冬に幼稚園に行って雪合戦をすることは難しいかもしれません。
しかし、もし冬休みにでも行ける機会があるのであれば、ぜひまた行きたいです。

今回、上記したように、幼稚園に遊びに行けるのが最後かもしれないということ、それともうひとつ、実習最終日に反省会があり、それまでは教室で待機していなければならなく、遊ぶ約束をしていた子ども達と遊べなかったこともあり、その約束を個人的に守りたいという気持ちもあり、幼稚園に行きました。
また、実習最終日はクラスでのさよならはできましたが、他のクラスの子ども達とのさよならはできませんでした(昼食後の自由遊びの時間は年長さんが自分達で貼り絵をしたはがきをポストに投函しに行くがてら散歩に行き、昼食後の自由遊びや預かり保育の自由遊びもできなかったため)。
幼稚園の子ども達全員とのさよならというのは少し難しかったですが、今回は少なくとも預かり保育の子ども達とは全員が揃っているところでしっかりとしたさよならをできたので、良かったと思います。
また、A組でも、僕が実習させていただいていた時に家庭の事情で休んでいた子どもが登園してきており、1日だけではありましたが、関わりを持てて嬉しかったです。
最後に、「やすひろチンチン」で少し触れましたが、小学校入学前の知能検査が徐々に始まっていました。
僕が実習で幼稚園に行っていた時は年長さんの子ども達もまだまだ「幼稚園児」でしたが、「小学生」への第一歩を少しずつ歩み始め、本当に時の流れの早さを感じます。
子ども達が成長していくのが嬉しいような、“大人”になっていく子ども達の姿に少し寂しさを感じるような・・・。
いや、寂しいことなんてありませんね。
12月5日、発表会を観に行った時、またひとまわり成長した子ども達の姿を楽しみにしています。

〈リンク〉
http://importants.jugem.jp/?eid=26(幼稚園教育実習)
http://importants.jugem.jp/?eid=27(全実習終了)

〈おまけ〉
その1
去年の6月に初めて行った保育園の見学実習の時から上記の幼稚園ボランティアまでずっと使ってきたピカチュウのネーム。
去年の実習報告会で先輩は「ネームはひっぱられたりして壊れることもあるので、2〜3つ作った方がいいですよ」と言っていましたが、僕はずっとピカチュウのネームを使い通しました。
それにしても、よくここまで持ちこたえてくれた(笑)。
保育園の見学実習(1日間・・・厳密には半日間)、沖縄研修(修学旅行)不参加者の課題の保育園ボランティア(1日間・・・厳密には半日間)、僕が通っている専門学校北海道福祉大学校の付属保育園での小児保健実習(3日間)、夏休みの課題の保育園ボランティア(3日間)、冬休みに行った老人ホームでのボランティア(4日間のうち2日間)、保育実習(22日間)、保育園ボランティア(1日間)、幼稚園教育実習(20日間)、幼稚園ボランティア(1日間)と通算54日間使いました。
下の写真にもあるように、最初はキレイでしたが、子ども達がたくさん関わって?くれたため、毛玉もたくさんついて、今はくたくたになってしまいました。
今後、もう使うことはないでしょうが、僕の一生の宝物です。
このピカチュウのネームのお陰で「あ、ピカチュウだ」・「僕(私)、ピカチュウ好き」と言って僕に関わってきてくれ、仲良くなった子ども達は数え切れない程います。
幼稚園では僕のことを「ピカチュウ」・「ピカチュウ先生」と呼んでくれた子どももおり、本当にピカチュウのネームに感謝しています。
余談ですが、子ども達には「耳、長い」・「耳、細い」とよく言われました(笑)。
本当にお疲れ様、僕のピカチュウ!
 
↑左:完成当時のネーム、右:現在のネーム(何か痩せ細ったような 笑)

その2
幼稚園ボランティアの翌日、倶知安の史跡を訪ねてきました。
今回、訪ねたのは倶知安最初の学校(八幡小学校。昭和59年3月31日、廃校)の発祥地です。
現在、倶知安神社となっており、「倶知安、小学校 発祥旧跡地」と書かれた石碑が建っていました。
倶知安神社へは毎年初詣で行っていますが、石碑が建っていることは知りませんでした。
小さい頃から毎年足を運んでいる見慣れた風景も、石碑を見つけて「ここが倶知安の学校の発祥地か」と思いながら、改めて眺めてみると、言葉では言い表せない感動がありました。
またいつか、まだ足を踏み入れたことのない倶知安の史跡を訪ねてみようと思います。

↑石碑
「倶知安、小学校 発祥旧跡地」

↑沿革
明治二九年開拓四年後で町の戸数およそ七八〇戸にふくれ上りそれ迄各地の私塾で寺小屋式で教えていたがその頃になり今井又蔵・小田三郎衛門・真鍋浜三郎・泉菊次郎の四人が小学校設立委員となり戸長役場筆生清野志馬・虻田郡長蓼原郷一に働きかけ室蘭郡役所に出頭国の補助五〇円を得て倶知安町民の寄附一六〇円を受け合計二一〇円で二四坪の単級教室を此の地に完成逢部塾の上田甚助初代校長となり明治二九年九月一一日開校其の後一部増築し九代校長小川原政信に至る迄即ち明治四三年一二月二五日現在の地八幡小中学校に移転迄実に一五年の間此の神社境内の地にありて多くの人材を養成せし倶知安最古の学校旧跡地である事を後世に伝えんがためこの標を建立し沿革を略記す。
昭和四五年九月一五日


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  • 2017.11.27 Monday
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