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誕生日祝い、就職祝い、そしてもうひとつ・・・

過ぎし日の思い出第34弾!
去る6月13日、幼稚園時代からの幼馴染のS・Uくん、小学校時代からの幼馴染のT・Cくんと飲みに行ってきました。
この日は20時にすすきので待ち合わせ、久しぶりにしゃぶしゃぶの食べ飲み放題のしゃぶーんへ。
T・Cくんの誕生日並びに就職祝いも兼ねつつ、みんなで近況や思い出話に花を咲かせながら食べるしゃぶしゃぶや飲むお酒は本当に美味しく、とても最高でした!
また、今回ザンギのサービスもあり、ザンギもまたとても美味しかったです!!




店を出る前に色々話し合った結果、2人が僕の自宅に泊まりに来てくれることになり、T・Cくんは今年2月以来、S・Uくんは初めての宿泊でした。
その前にカラオケへ行くことになり、店は僕の自宅方面の東札幌に当時あったカラオケドラマ(現在は閉店し、まねきねことなって新装開店しました)に決まり、僕とS・Uくんは歩いて、T・Cくんは一度地下鉄で自宅に戻ってからカラオケドラマに集合することになりました。
約1時間後、カラオケドラマで集合しましたが、まさかの満席・・・。
そこで白石にあるまねきねこに問い合わせると空席があるということで、急遽まねきねこへ。
まねきねこに着いた時刻は0時半近くとなっていましたが、そこから2時間たっぷり歌いました。
しかしながら、さすがに眠気も徐々に押し寄せ、最後は完全燃焼(笑)。
そこから30分あるいて僕の自宅へ向かい、即爆睡(笑)。
そして、翌朝は10時前に起床し、本当はもう少しゆっくりしたかったのですが、僕はこの日結婚式があったため、3人で一緒に自宅を出て、途中まで一緒に歩き、そこから各々分かれて解散しました。

ところで、タイトルにもあるように今回の飲み会は僕にとってはもうひとつの意味のある飲み会でした。
去る5月21日、最愛の祖母が他界しました。
祖母とは5月5日に最後に会って話すことができ、それができたのも2人のお陰でした(最も最後になるとは思っていませんでしたが・・・)。
去る4月11日、S・Uくんからお誘いをもらい、T・Cくんと3人で飲みに行きました
その時、僕達3人の服の色が偶然同じだったのです。
3人で「あれ、にもあったよね!?」と談笑しつつ、S・Uくんが以前服の色が同じだった時に僕が書いて載せたフェイスブックのページを開き、3人で写真を見て懐かしみました。
また、そのフェイスブックのページにはS・Uくんの妹のA・Uちゃんが「私も混ざりたいです!」とコメントを寄せてくれていました。
そこから「そういえばA・Uちゃんともしばらく会ってないなぁ・・・」という話から始まり、次第にゴールデンウィークの話になりました。
当初、僕はゴールデンウィークを札幌で過ごそうと考えていましたが、聞けばS・UくんもT・Cくんもゴールデンウィークは倶知安へ帰省するということに加え、A・Uちゃんもまたゴールデンウィーク中は倶知安で過ごすということを聞き、「上手くみんなの都合が合うかはまだ分からないし、A・Uちゃんも参加してくれるという保証もないけど、とりあえず3人だけでもいいから倶知安でも集まろう!」という話になり、その場で僕も倶知安へ戻ることに決めました(その後、上記の通りで5月4日に倶知安へ帰省し、S・UくんやT・Cくんとも都合が合い、A・Uちゃん、さらにはT・Cくんの弟のK・Cくんや小学校時代からの幼馴染のH・Iくんらと4日と5日の2日間に亙って遊び、大いに楽しいゴールデンウィークでした)。
そして、ゴールデンウィーク直前に母に倶知安へ帰省する旨を伝えるために電話をかけたところ、母から「実はおばあちゃんが1ヶ月近く食事摂れてなくて、あまり体調が良くないんだ・・・」という話を聞き、上記の通り5月5日に母と一緒に祖母のお見舞いに行き、祖母と話してきました。
それから僅か1週間後、祖母は意識レベルが低下してほぼ眠ったままとなり、そのような状態になって初めて僕同様に地元を離れて暮らす2つ下の弟には母から話が伝わり、実家に暮らす4つ下の弟も祖母がまだ元気な時にお見舞いに行って以来だったそうで、遠方に暮らす従姉弟には祖母が亡くなってから話が伝わりました。
つまり、兄弟、従姉弟も含めた孫の中で最後に祖母と話すことができたのは僕だったのです。
それができたのもS・UくんとT・Cくんのお陰でした。
もしもS・Uくんが飲みに誘ってくれてなかったら、もしも2人とも倶知安に帰省しなかったら、もしも3人の服の色が違っていたら・・・僕は倶知安へ帰省していなかったでしょうし、弟達同様に祖母が危篤状態になってから連絡を受けていたことでしょう。
ある意味、これは虫の知らせだったのかもしれません・・・。
S・UくんとT・Cくんには本当に頭を下げても下がりきらないくらい本当に感謝をしています。
また、S・Uくんはいつも遊ぶ時に多めに勘定を払ってくれたり、僕の自宅の近くに住むT・Cくんは学校の課題や就活で忙しい中、祖母の危篤状態の時から死の直後まで部屋の灯りやテレビをつけたままでないと眠れないほど精神的に不安定だった僕を何度となく自宅に泊めてくれたり、祖母の告別式の翌25日は僕の誕生日で僕を元気づけようとカラオケバンバンに誘い並びに奢ってくれるなどメンタル面で支えてくれたり、そういった日頃の感謝も込め、今回はささやかながら僕がご馳走させてもらいました。
これくらいしか僕にはできませんでしたが、2人がとても喜んでくれたので、とにかく僕は感無量でした。
これからも幼馴染との親交をさらに深め、今後の人生もずっとおつき合いしていければと思っています。


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