幼稚園ボランティア

9月17日、我が出身園での実習を終え、子ども達と涙々の別れをしました。
あの別れから、一昨日でちょうど1ヶ月が経ちました。
また、1ヶ月前の今日は幼稚園教育実習の報告書を一生懸命書いていた日です。
本当に時の流れとは早いものです。

去る10月14日、幼稚園へ実習日誌を取りに行ってきました。
そのついでというわけでもありませんが、今後の就職活動や後期の授業が始まって平日は学校があるということを踏まえると、幼稚園に遊びに行けるのは最後かもしれないと考えたため、ボランティアとして幼稚園で1日過ごさせていただくことになりました。
ホールの隣で、自由遊びの時はホールとの仕切りがなくなっている、実習をさせていただいたA組の先生に挨拶しに行きました。
「おはようございます!」と僕が教室に入るや否や、「あ、やすひろ(先生)だ」という子ども達の声がたくさん聞こえてきて、子ども達がたくさん集まってきました。
「久しぶりだねぇ!」と声をかけながら、およそ1ヶ月振りとなる再会をお互い喜びました。
「肩車して!」・「おんぶして!」・「だっこして!」という子ども達の要望に応えながら、朝の自由遊びの半分程は肩車・おんぶ・だっこをしていました。
残り半分は何人かの子ども達が「怖い話して」・「面白い話して」と言ったため、その場で思いついた話をし、子ども達を笑わせていました。
朝の自由遊び終了後、A組で朝の会を経て、子ども達は卒園アルバムに載せる個人写真の撮影を行い、その後子ども達は布巾縫いの制作に入りました。
布巾縫いの制作は僕も幼稚園時代に行っており、できた作品は倶知安の公民館に展示されます。
自分も幼稚園時代にできていたことではあるのですが、大人になってから子どもが布巾を縫う姿を見ると、「すごいなぁ〜!」と感じました。
みんなそれぞれの表現をしながら、たくさんの色を使って、キレイな布巾を縫っていました。
ちなみに、僕は黄色が大好きであり、黄色一色でした(笑)。
・・・いや、個々の表現の仕方があるのですから、一色のみでも、たくさん色を使ってもいいのです!
布巾縫いが終わったら、昼食の時間でした。
「一緒に食べよう」と誘ってくれる子どもが多く、順番に席を回って食べました。
その後は園庭に出て子ども達と一緒に砂場で遊びました。
帰りの会が終わると、子ども達1人ひとりとタッチをしてさよならしました。
その後は実習当時と同じようにトイレ掃除をし、その後はバス待ちの子ども達と遊びました。
カンチョーされまくってました(笑)。
バス待ちの子ども達が帰った後は預かり保育の子ども達と肩車・おんぶ・だっこ、鬼ごっこ、絵本読みなど、色々なことをして遊びました。

ボランティアでの大きな反省点は2つありました。
ひとつは朝から「先生、寒い」と言っている子どもがいました。
教室が少し寒く、僕も少し肌寒かったため、「そうだね、先生も何か寒い」としか言葉をかけていませんでした。
しかし、昼食時にも何回か「先生、寒い」と言ってきたので、おでこを触ってみると、少し熱く、その後に担任の先生に熱を測ってもらったら、高熱を出していました。
「どうして、すぐに気づいてあげられなかったんだろう・・・」、幼稚園に限らず、実習全てに出てきた反省点「気づく」ということがまだまだ足りず、結局その熱を出した子どもは気力だけで朝から昼まで頑張っており、可愛そうなことをしてしまったと反省しました。
もうひとつは預かり保育の時、氷鬼か地蔵鬼をやるかで年長さんの子ども何人かと年中さんの子ども(Aちゃん)がもめており、たまたま1人の年長さんの子ども(Bくん)の手がAちゃんに当たってしまい、Aちゃんが泣き出してしまいた。
Bくんは何度も「ゴメンね」と謝っていましたが、Aちゃんはなかなか許す気持ちになってくれず、次第にAちゃんのお兄ちゃんやもめごと(氷鬼か地蔵鬼か)が起こった時にその場にいなかった子どもが加わってきて新たなもめごとが始まり、話がぐちゃぐちゃになっていきました。
そして、僕が「Aちゃんには先生がお話しておくから、みんなは遊んでおいで」と、自分自身が未熟であり、言葉が見つからなかったというのもあったのですが、そういった言葉がけをしてしまいました。
幼稚園での実習中にも同じようなことがあり、その時にもそういった言葉がけをしたことがあり、その時はある程度上手くいったことがありました。
すると、Aちゃんのお兄ちゃんには「妹が悲しい気持ちなのに、自分達だけ遊びに行けるわけないっしょ」、もめごとが起こった時にその場にいた子ども達には「僕(私)もAちゃんのこと待ってあげたい」と言われ、自分の言葉がけが大きな間違いだったことに気づきました。
僕は子ども達に「先生、何とかして」と言われたわけでもなかったため、もう少しその場を見守り、子ども達が解決していくのを待つこと、子どもが伝えきれない気持ちを代弁しながら解決できるように促すことが必要だったと思いました。
実習中に起こった出来事に対する自分の言葉がけに関しても同じことが言えたことを、その時初めて気づきました。
今後、同じようなことがあれば、同じ失敗を繰り返さないよう、気をつけたいです。

久しぶりの幼稚園で、失敗や反省も多々ありましたが、元気ハツラツな子ども達とたくさん遊び、本当に楽しかったです。
A組の子ども達には「またゲーム考えてきてね」(R・Nくん)、「やすひろいなくなてから、1日も忘れなかったよ」(Y・Aちゃん)、「また遊びに来てね」(D・Sくん)、「『にじ』弾いて」(Y・Aちゃん、R・Nくん)、「帰りの会、やすひろがやって」(Y・Aちゃん、Y・Tちゃん)など、嬉しい言葉をたくさんかけてもらいました。
また、実習最終日、A組のみんなで撮った写真を貼ったメッセージカードをプレゼントとして子ども達1人ひとりに渡しましたが、僕のミスで2人のプレゼントを持ってくるのを忘れてしまい(帰りの会が終わった後に母に頼んで持ってきてもらい、渡すことができましたが)、そのことを覚えていたY・Sちゃんが「写真持ってきた?」と気遣ってくれ、その優しさがとても嬉しかったです。
懐かしかったのは知能検査で昼に親御さんのお迎えを待っていた、「やすひろチンチン」のB組のH・Kくんに「今日、知能検査なんだ。もう、小学1年生になるんだもんね。この間まで『やすひろチンチン』って言って走り回ってたのにね」と声をかけると、「あ、『やすひろチンチン』って言ってたの、覚えてた?」って(笑)。
すると、H・Kくんは「やすひろチンチン!」と言いながら、5分くらい幼稚園の中を走り回っていました(笑)。
別に僕は下ネタが好きというわけではありませんが、「やすひろチンチン」、結構気に入っているんです(笑)。
なので、H・Kくんが帰ってしまう前に「やすひろチンチン」でコミュニケーションを取っておきたいと(笑)。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎ、17時に帰ることになりました。
預かり保育の子ども達みんなとさよならしていると、「今日は泣くなよ」と僕に言ったY・Aちゃんが少し泣きそうな顔をしながら「発表会、12月5日の日だよ」と教えてくれ、「うん、先生ちゃんと日にち知ってるから、絶対行くよ」と声をかけて、みんなとさよならしました。
外へ出ると、渡り廊下の窓から「やすひろ(先生)!」と何人かの子ども達が手を振っており(トイレに行き、預かり保育をやっているホールへ戻る時みたいでした)、近くに行ってそこにいた子ども達とタッチをしていると、「さよならしたくない」と涙目で言ってくれたR・Nくん、「もう明日は来ないの?」と寂しそうに言ってくれたA組のR・Aくん、「発表会、絶対来てね。約束だよ」・「冬になったら、やすひろと雪合戦して遊びたい」と言って3回指切りをしてくれた同じくA組のS・Mちゃんなど、最後の最後まで子ども達の優しさに触れながら、さよならできました。
ただ、発表会は行けても、残念なことに恐らく冬に幼稚園に行って雪合戦をすることは難しいかもしれません。
しかし、もし冬休みにでも行ける機会があるのであれば、ぜひまた行きたいです。

今回、上記したように、幼稚園に遊びに行けるのが最後かもしれないということ、それともうひとつ、実習最終日に反省会があり、それまでは教室で待機していなければならなく、遊ぶ約束をしていた子ども達と遊べなかったこともあり、その約束を個人的に守りたいという気持ちもあり、幼稚園に行きました。
また、実習最終日はクラスでのさよならはできましたが、他のクラスの子ども達とのさよならはできませんでした(昼食後の自由遊びの時間は年長さんが自分達で貼り絵をしたはがきをポストに投函しに行くがてら散歩に行き、昼食後の自由遊びや預かり保育の自由遊びもできなかったため)。
幼稚園の子ども達全員とのさよならというのは少し難しかったですが、今回は少なくとも預かり保育の子ども達とは全員が揃っているところでしっかりとしたさよならをできたので、良かったと思います。
また、A組でも、僕が実習させていただいていた時に家庭の事情で休んでいた子どもが登園してきており、1日だけではありましたが、関わりを持てて嬉しかったです。
最後に、「やすひろチンチン」で少し触れましたが、小学校入学前の知能検査が徐々に始まっていました。
僕が実習で幼稚園に行っていた時は年長さんの子ども達もまだまだ「幼稚園児」でしたが、「小学生」への第一歩を少しずつ歩み始め、本当に時の流れの早さを感じます。
子ども達が成長していくのが嬉しいような、“大人”になっていく子ども達の姿に少し寂しさを感じるような・・・。
いや、寂しいことなんてありませんね。
12月5日、発表会を観に行った時、またひとまわり成長した子ども達の姿を楽しみにしています。

〈リンク〉
http://importants.jugem.jp/?eid=26(幼稚園教育実習)
http://importants.jugem.jp/?eid=27(全実習終了)

〈おまけ〉
その1
去年の6月に初めて行った保育園の見学実習の時から上記の幼稚園ボランティアまでずっと使ってきたピカチュウのネーム。
去年の実習報告会で先輩は「ネームはひっぱられたりして壊れることもあるので、2〜3つ作った方がいいですよ」と言っていましたが、僕はずっとピカチュウのネームを使い通しました。
それにしても、よくここまで持ちこたえてくれた(笑)。
保育園の見学実習(1日間・・・厳密には半日間)、沖縄研修(修学旅行)不参加者の課題の保育園ボランティア(1日間・・・厳密には半日間)、僕が通っている専門学校北海道福祉大学校の付属保育園での小児保健実習(3日間)、夏休みの課題の保育園ボランティア(3日間)、冬休みに行った老人ホームでのボランティア(4日間のうち2日間)、保育実習(22日間)、保育園ボランティア(1日間)、幼稚園教育実習(20日間)、幼稚園ボランティア(1日間)と通算54日間使いました。
下の写真にもあるように、最初はキレイでしたが、子ども達がたくさん関わって?くれたため、毛玉もたくさんついて、今はくたくたになってしまいました。
今後、もう使うことはないでしょうが、僕の一生の宝物です。
このピカチュウのネームのお陰で「あ、ピカチュウだ」・「僕(私)、ピカチュウ好き」と言って僕に関わってきてくれ、仲良くなった子ども達は数え切れない程います。
幼稚園では僕のことを「ピカチュウ」・「ピカチュウ先生」と呼んでくれた子どももおり、本当にピカチュウのネームに感謝しています。
余談ですが、子ども達には「耳、長い」・「耳、細い」とよく言われました(笑)。
本当にお疲れ様、僕のピカチュウ!
 
↑左:完成当時のネーム、右:現在のネーム(何か痩せ細ったような 笑)

その2
幼稚園ボランティアの翌日、倶知安の史跡を訪ねてきました。
今回、訪ねたのは倶知安最初の学校(八幡小学校。昭和59年3月31日、廃校)の発祥地です。
現在、倶知安神社となっており、「倶知安、小学校 発祥旧跡地」と書かれた石碑が建っていました。
倶知安神社へは毎年初詣で行っていますが、石碑が建っていることは知りませんでした。
小さい頃から毎年足を運んでいる見慣れた風景も、石碑を見つけて「ここが倶知安の学校の発祥地か」と思いながら、改めて眺めてみると、言葉では言い表せない感動がありました。
またいつか、まだ足を踏み入れたことのない倶知安の史跡を訪ねてみようと思います。

↑石碑
「倶知安、小学校 発祥旧跡地」

↑沿革
明治二九年開拓四年後で町の戸数およそ七八〇戸にふくれ上りそれ迄各地の私塾で寺小屋式で教えていたがその頃になり今井又蔵・小田三郎衛門・真鍋浜三郎・泉菊次郎の四人が小学校設立委員となり戸長役場筆生清野志馬・虻田郡長蓼原郷一に働きかけ室蘭郡役所に出頭国の補助五〇円を得て倶知安町民の寄附一六〇円を受け合計二一〇円で二四坪の単級教室を此の地に完成逢部塾の上田甚助初代校長となり明治二九年九月一一日開校其の後一部増築し九代校長小川原政信に至る迄即ち明治四三年一二月二五日現在の地八幡小中学校に移転迄実に一五年の間此の神社境内の地にありて多くの人材を養成せし倶知安最古の学校旧跡地である事を後世に伝えんがためこの標を建立し沿革を略記す。
昭和四五年九月一五日


全実習終了

今年、2年生になってから、3つの実習がありました。
もう4ヶ月前となる6月14日に初めての実習が始まり、10月12日の施設実習終了を以って3つの実習が終わりました。
3つの実習をそれぞれ振り返ってみたいと思います。

保育実習
6月14日、初めての実習・保育実習が始まり、札幌市豊平区にある保育園に行きました。
初めての実習ということもあり、緊張や失敗もたくさんあり、鼻づまりが酷いがために持ち歩いていた点媚薬を一度落としてしまったこと(園長先生に薬の危険性を教えていただき、持ち歩くのをやめました)、寝坊して一度遅刻してしまったこと、遅刻ギリギリの出勤が一度あったこと・・・本当にいっぱいいっぱいの実習でしたが、子ども達ともとても仲良くなり、先生方もとてもいい方ばかりでしたので、とても充実していました。
実習22日間は3つの実習の中で最も長い実習期間でしたが、あれよあれよという間に終わりました。

幼稚園教育実習
保育実習終了後、前期の残り授業や試験が終わり、夏休みに突入。
夏休み明け、8月23日からは幼稚園教育実習が始まりました。
地元・倶知安の出身園での実習であり、4週間(20日間)、あっという間に終わってしまい、3つの実習の中で時間の流れが最も早く感じました。
また、毎日出勤簿にはんを押すのが惜しいくらいでした。

施設実習
幼稚園教育実習終了後、休む間もなく、9月27日から施設実習が始まり、札幌市西区にある知的障がい者更生施設に行ってきました。
当初は初めて経験する環境に慣れなかったこと、子どもが大好きで“保育者”を目指して専門学校へ来たのに「なぜ施設になんか・・・」といった葛藤もあり、楽しめませんでしたし、施設に行くことさえ苦痛でした。
しかし、利用者さんが毎日自分の仕事に精一杯取り組んで輝いている姿を見たり、「来年、収穫祭に来て下さいね」・「ずっとここにいて下さい」などの温かい言葉をかけていただいているうちに、環境にも慣れ、次第に楽しめるようになりました。
作業は生活班、窯業班、農業班、織物縫工班、手工園芸班で実習を体験させていただき、窯業班ではキーホルダー作り(型取り)と湯飲み作り、農業班では椎茸の廃木を運ぶ作業(椎茸の栽培も見せていただきました)、織物縫工班でははた織り(コースターを作りました)など、人生で初めての体験もさせていただき、とてもいい思い出になりました。
その他、食肉班と印刷班がありました。
また、職員の方もとても熱心ないい方ばかりであり、とても充実した11日間を過ごすことができました。

クラスでの実習報告会も昨日終わり、明日は学科での実習報告会があり、同時に最後の実習報告会となります。
実習が終わってホッとする間もなく、これから就職活動が始まります。
僕はまだはっきりとした進路が決まらず、周りが内定をもらったり就職試験を受けている中、まだ求人すらほとんど目にしていない状態であり、正直焦り始めています・・・。
何とか就職先が見つかればいいですが・・・。
明日からも頑張ります。

〈リンク〉
http://importants.jugem.jp/?eid=25(保育園ボランティア)
http://importants.jugem.jp/?eid=26(幼稚園教育実習)


幼稚園教育実習

8月23日から9月17日までの4週間、幼稚園教育実習で地元・倶知安の幼稚園へ行ってきました。
この幼稚園は僕の出身園であり、15年前の平成7年4月に年中から入園しました。
15年経った幼稚園・・・中は壁を張り替えたりなど新しくなっていましたが、生活の中で歌う歌、お片づけの時に流れる曲、さらにはぞうきんがけの時に鉢合わせしたらジャンケンをし、勝ったらまっすぐ進み、負けたら横にずれて進むなどなど、本当に細かいところまで昔のまま全く変わらず、懐かしかったです。
さて、実習が終わり、早1週間が経ちました。
出身園で過ごした4週間は本当に濃く、これから歩む保育者という道にとても大きな影響を与えてくれました。
これまでの人生の中でも忘れられない宝物となった4週間を振り返ってみたいと思います。

〈後輩〉
出身園での実習ということで、今回関わった子ども達は僕の後輩にあたる子ども達でした。
おおよそ半世代離れた子ども達と昔と変わらぬ歌や遊びなどでの時代の共有・・・本当に何とも言えない嬉しさがありました。
子ども達との会話の中でも「昔何組だったの?」・「担任の先生は誰だったの?」と子ども達に聞かれるなど、先輩後輩でなければ話せない話題も話すことができました。
例えば、僕が「先生が年長の時、今はなくなってしまったけど、X組っていうクラスがあって、先生はX組だったんだよ」と話すと、「あ、私のママもX組だったって言ってたよ」(Y・Tちゃん)という子どももおり、結構話が弾み、楽しかったです。
また、幼稚園では4週間同じクラスで実習させていただき、年長さん組(A組)で実習させていただきました。
A組の子ども達の名前は全て覚えたのですが、他のクラスの子ども達の名前をなかなか覚えられなかったのが少々残念でした(マメに話したことのない子ども達に名前を聞きましたが、なかなか全員を覚えるのは難しかったです。ネームもまた全員が全員つけていなかったので・・・いや、言い訳ですね)。
ほとんど自由遊びと預かり保育の時にしか他のクラスの子ども達とは関わることができませんでしたが、たくさんの子ども達と仲良くなることができました。

〈ニックネーム〉
出身園では子ども達が先生を呼び捨てにしてもいいことになっています。
僕が在籍した頃から園長先生は「園長ゴリラ」と呼ばれており、「『園長ゴリラ』のように、子ども達が保育者をより近くに感じ、親しみを持って関われる存在であるため」に呼び捨てが許可されているそうです。
もちろん、強制ではありません。
ちなみに、僕が在籍した頃は必ず「先生」をつけて呼ぶことになっていました。
僕のこともまた、「やすひろ(本名)」と呼び捨てにする子ども達もいれば、「やすひろ先生」と呼ぶ子ども達もいました。
正直、最初は呼び捨てにあまり慣れず、呼び捨てに納得がいきませんでした。
しかし、日々を積み重ねるに連れ、「やすひろ」と呼ぶ子どもが多くなり、呼び捨てに慣れたのもありますが、子ども達がより親近感を持ってくれた結果でもあると思うので、逆に呼び捨てで呼ばれることに「何かいいなぁ〜」と感じるようになりました。
また、呼び名は「やすひろ」・「やすひろ先生」のみならず、僕はピカチュウのネームをつけていたので「ピカチュウ」・「ピカチュウ先生」と呼ばれることもあり、「園長ゴリラ」系列で「やすひろゴリラ」と呼ばれることもありました(僕が在籍した頃から、名前の下にゴリラなどの固有名詞をつけて呼ぶ子どもがいました。伝統?なのかな 笑)。
ちなみに、「やすひろゴリラ」に加えてもうひとつ、年長さん組(B組)のH・Kくんにどこから出てきたのか分かりませんが、「やすひろチンチン」と呼ばれていました(笑)。
いつもH・Kくんは幼稚園内を走り回り、「やすひろチンチン!」と叫んでおり、少し恥ずかしかったです(笑)。
H・Kくんを真似し、同じくB組の男の子数名が「やすひろチンチン」と呼ぶようになり、終いには年少さんの女の子にまで・・・(笑)。
まあでも、恥ずかしいとは思っても嫌ではありませんでした(笑)。
ちなみに、H・Kくんが「やすひろチンチン、見て!」と言うのでH・Kくんを見ると、本当に出してました(爆)。

〈自然〉
出身園は本当に自然がいっぱい!
周りに木々が生い茂り、木で造られた遊具(ツリーハウス、ロッククライミング、ターザンロープなど)、泥遊び場、動物(ウサギ、ヤギ、カモ)も飼われています。
僕が在籍した当時は木で造られた遊具はありませんでしたし、動物もウサギしか飼われていませんでした。
園庭は僕が在籍した当時と比べるとだいぶ変わりました。
遊具も全体的に新しくなりました。
変わらないのは泥遊び場。
昔から子ども達はスコップで泥を掘り、川を作ったり、泥風呂に入ったりなどしていましたが、それは変わっていませんでした。
子ども達と泥遊びをする時には泥団子をぶつけられたり、ビーチサンダルを泥風呂の中に入れられたりしましたが、本当に楽しかったです。
また、幼稚園内ではありませんが、乗馬体験ができるところもあり、6月にはカヌーも行います。
あと、農作業体験もあり、幼稚園内にも畑があり、枝豆・トマト・とうもろこし・じゃがいもを育てていました。
ちなみに、僕が在籍した当時、農業体験は農家の畑を借りて年長さんのみが行える作業でしたが、現在は幼稚園に畑ができたこともあり、全園児が農業体験をできます。
僕が年長の時は運悪く農家の畑を借りることができず、農業体験をできないまま卒園しました。
実習では14年越しに農業体験をさせていただき、子ども達と一緒に収穫した枝豆・トマト・とうもろこしの味は本当に最高でした!

↑泥遊び場
 
↑泥団子の被害?をあおったTシャツ&短パン

〈先生〉
出身園には僕が在籍した当時の先生が園長先生を含め、4人いらっしゃいました。
その中には人生で初めて出会った先生(幼稚園最初の担任の先生)もおり、発展途上の身ではありますが、保育者として共に同じ現場に立てたことが本当に嬉しかったですし、夢にも思いませんでした。
昔と全くお変わりない笑顔、子ども達への関わりや言葉がけなど、今の子ども達に昔の自分の姿を見ていました。
また、一緒に教室を掃除した時には昔の呼び名の「やっちゃん」とも呼んでいただき、とても嬉しかったです。
これからもお元気で昔と変わらぬ先生のままでい続けて欲しいです。
また、父兄の中にも当時お世話になった先生が2人おり、そのうち1人は僕が年長の時に担任だった先生であり、もう1人は弟の担任でもあった先生です。
お2人とも本当にお変わりなく、すぐに分かりました。
その先生方のお子さんが現在幼稚園に通われているわけですが、当時僕を見ていただいた先生方のお子さん達を15年経った現在、今度は僕が見させていただいた・・・何だか不思議な巡り合わせに何とも言えない嬉しさを感じました。
また、僕が知っている先生は上記したように4人のみでしたが、僕とは面識がない先生であっても、母がかつて一緒にPTAの役員を務めた先生、実家の近所に住んでいる先生、弟の同級生のお母さん、同級生のお姉さん(面識はありませんが)の旦那さんなど、色々なところでつながっており、とても話しやすかったです。

〈にじ〉
実習させていただいたA組の子ども達に「にじ」という歌を教えました。
幼稚園では歌われていない歌であり、模造紙に歌詞を書いて貼り、1番から3番までを教えるところから始めました。
個人的にとても好きな歌であり、実習で教えたい一身で、去年ピアノを始めたばかりの僕にはとてもとても難しい楽譜でしたが、実習の2週間程前から練習を始め、毎日トータル3時間程は弾いていたかと思います。
何とか実習にも間に合い、9月3日に教えることになりました。
「はい、先生はこれからみんなに『にじ』っていう歌を教えるよ」・・・と言う前に、さすが鋭い子ども達は壁に貼ってある新しい歌詞を見つけ、「『にじ』弾いて」と最初に言ってくれたのはR・Nくんであり、本当は朝の会を行ってから教えるべきところを朝の会の前に教えました。
最初は週に2〜3回程歌えればいいかなと思っていたのですが、「にじ」は思った以上に子ども達に大人気でした。
特にK・Aくん、Y・Aちゃん、R・Aくんには「『にじ』弾いて」と毎日のように言われ、他にも最初の頃は「『にじ』嫌だ」と言っていたF・Kくんが何日か後には「『にじ』歌いたい」と言ってくれ、結果的に実習最終日までに16回も歌いました。
また、隣のB組でも「にじ」が話題になっていたようであり、本当に嬉しかったです。

〈運動会〉
9月11日、運動会があり、実習3週目の末日でした。
なので、実習中はほとんど運動会の練習がメインとなりました。
子ども達と一緒に汗を流した3週間、本当に最高の日々でした。
そして、本番も運動会の種目に出させていただけることになりました。
本番は雑用のみと考えていたため、本当に嬉しかったです。
メインで出させていただいたのは開会式、年長さんの遊戯「ソーラン節」、閉会式であり、その他はクラスの応援として参加させていただきました。
年長さんの競技はクラス対抗綱引き「ひっぱれ!けっぱれ!」、クラス対抗親子競技「おんぶで突撃」、自作の縄跳びでのクラス対抗縄リレー「Myなわリレー」、個人障害物リレー「めざせ!オリンピック」、クラス対抗リレー「リレー」などでした。
また、「ソーラン節」は奇しくも僕達の代から始まっており(平成8年)、今年15年目となり、「ソーラン節」15期生にあたる子ども達と共演させていただきました。
僕達が「ソーラン節」を踊った時、親御さん達から大好評だったそうであり、「運動会の名物遊戯にしたらどうか?」などの意見もあったそうで、それが現実のものとなり、現在まで15年間続いています。
ちなみに、僕達はアンコールで発表会でも「ソーラン節」を踊りました。
現在、出身園では公民館を借りて発表会を行っていますが、僕達の時は幼稚園の狭いホールで行っていたため、かなり窮屈だったのを覚えています。
ちなみに、幼稚園のホールで発表会を行ったのは僕が幼稚園に在籍した年までであり、次の年からは公民館で行われるようになったのですが、幼稚園の狭いホールで発表会を行うというのも、今の子ども達は経験できないわけで、いい思い出として残っています。
「ソーラン節」の踊りは変わっていましたが(毎年変わっているみたいです。弟2人の時の踊りもまた、僕達が踊った踊りとは違う踊りでした)、本当に懐かしみながら、楽しく躍らせていただきました。
ちなみに、僕達の時に比べ、踊りのレベルは高くなっており、それを踊り通した子ども達の力、本当に素晴らしかったです。
 
↑ソーラン節の衣装(左:幼稚園時代の僕、右:現在の僕)

〈涙々の別れ〉
4週間、同じクラスで実習させていただき、子ども達への愛着は本当に深いものとなっていました。
実習最終日(9月17日)には15日に行わせていただく予定だった設定保育(吹き絵)を行わせていただき、午後は子ども達と一緒に散歩(本題は子ども達が作った絵葉書をポストに投函に行くこと)に行きました。
散歩の時は2人ずつ手をつないで歩きますが、A組は25人だったため、1人余ることになり、真っ先に「やすひろ、一緒につなごう」と言ってくれたのはY・Aちゃんでした。
僕達の前にいたのはR・NくんとS・Mちゃんであり、S・Mちゃんもまた時折手をつないでくれました。
散歩が始まり、幼稚園を出始めた時からY・Aちゃんは泣きそうなしょんぼりした顔をしながら、「やすひろのこと、一生忘れないからね」と何度も言ってくれ、前にいたS・Mちゃんも「私も忘れないもん」と言ってくれました。
「この散歩が終わったら、本当にお別れなんだ」・・・僕はそう何度も思い、思い出が走馬灯のように思い出され、ジーンとして涙が出そうになるのを何度もこらえながら歩きました。
ちなみに、「やすひろいなくなるんなら、多分来週まで覚えてられないから、忘れてもいい?」(H・Iくん)という子どももいました(笑)。
散歩が終わり、幼稚園到着後、僕にとっては最後の帰りの会が始まりました。
子ども達全員にプレゼントを渡した後、僕もまたプレゼントをいただきました。
そして、最後に「にじ」を弾き、みんなの顔を見ながら歌っていると、僕にプレゼントを渡してくれた、帰りの会が始まる前には「先生ともっとサッカーやりたかった」と言って寂しそうにしていたK・Aくんが涙目になっており、僕もまた涙が出そうになり、声がつまってなかなか歌えませんでした。
「にじ」を歌った後、最後の手遊び「ぴしゃん」を行い、絵本「おおきな木」を読みました。
「おおきな木」はシェル・シルヴァスタイン作(本田錦一郎訳)の絵本であり、幼稚園児には少し難しい内容だったかもしれません。
簡単なあらすじは1本のりんごの木が仲良しの男の子に自分の体を削り、全てを“犠牲”にして全てを「与える」という物語です。
しかし、りんごの木は“犠牲”という概念にとらわれるどころか、男の子に「与える」ことに“喜び”を感じていました。
最終的にりんごの木は切り株になってしまいますが、それでもなお「与える」ことを忘れないりんごの木に感動できるなら、その感動は“犠牲”ではなく“愛”ではないのか・・・翻訳した本田氏はそう語っています。
僕は子ども達との生活を重ねるに連れ、「りんごの木」は絶対に最後に読もうと強く思うようになりました。
本田氏のあとがきは実習が終わった後に読みましたが、まさに実習中に上手く説明できなかった僕の気持ちそのものでした。
僕自身もいつのまにか子ども達のためなら、我が身を犠牲にしても構わない、与えられるものは全て与えたい・・・大げさかもしれませんが、そう思っていたのかもしれません(もちろん、贔屓ではありません。保育実習やボランティアで関わった子ども達にもまたそういった感情を抱きました)。
並びに、「おおきな木」を読むことで、子ども達に“愛”というものを伝えたかったのかもしれません。
絵本が終わった後、「おかえりのうた」を弾き、みんなとさよならの挨拶をしました。
そして、1人ひとりとタッチしながら、子ども達は「やすひろ先生、また会おうね。ウチんちにも遊びに来てね」(N・Tちゃん)、「やすひろのこと、一生忘れないよ」(H・Sちゃん、Y・Tちゃん)、「運動会、楽しかったね」(R・Aくん)などと言ってくれ、涙目なっていたK・Aくんが最後に笑顔を見せてくれた時、僕もついにこらえきれなくなり、号泣してしまいました。
そんな時、預かり保育が始まるまで一緒にいてくれたのが散歩の時に一緒に手をつないでくれたY・Aちゃんでした。
預かり保育が始まる時間になり、「じゃあ、やすひろ、元気でね!」と言って手を振るY・Aちゃんと別れました。
ちなみに、預かり保育の教室は職員室の隣にあります。
10分程経ち、職員室に用事があり、職員室に行こうとすると、預かり保育のF・Kくんに「先生、Y(Y・Aちゃん)ね、先生がいなくなるのが悲しくなったんだって。だから、近くに行ってあげて」と言われ、Y・Aちゃんのところに行くと、Y・Aちゃんが泣いていました。
Y・Aちゃんが僕に抱きついてきて涙声で「やすひろのこと、一生忘れないからね」と何度も言ってくれ、僕もまた号泣してしまいました。
すると、A組のA・Iちゃんが「私も悲しい」と言って僕に抱きついてきて泣き出すと、隣にいた同じくA組のR・Sちゃんも泣き出し、R・Aくんも、さらには「やすひろチンチン」のH・Kも「先生に会えなくなる」と言って泣き出し、本当に涙が止まりませんでした。
ここに書いた子ども達だけではなく、本当にみんなと別れるのが辛かったです。
しかし、ここまで子ども達が後ろ髪を引いてくれるまでに愛着関係を築けたことを本当に嬉しく思いました。

〈反省会〉
実習最終日の17時より、前日の公開保育(全日実習)と実習全体の反省会がありました。
先生方には本当に細かいところまで評価していただき、自分に足りなかったところ、これから身につけるべきこと、子ども達が楽しめるようにするゲームの行い方などなど、たくさんのアドバイスをいただきました。
また、僕が人生で初めて出会った、幼稚園最初の担任の先生には「久しぶりに幼稚園に来てくれて、昔と変わらない笑顔を見せてくれて、自由遊びの時には先生のクラスにも何回か顔を出してくれましたね。子ども達に通る声と優しさに加えてもうひとつ、“たくましさ”が身につけば関口くん(本名)ならいい男性職員になれると思います。頑張ってね」とありがたく、とても心強いお言葉をいただきました。
また、反省会の後はケーキとジュースをいただきながら、先生方と色々とお話をさせていただきました。
そんな中、A組で行わせていただいた手遊びやパネルシアターの話になり、先生方の前で手遊びとパネルシアターを披露させていただくことになりました。
手遊びは「フルーツパフェ」・「おおきくなったら」・「三ツ矢サイダー」・「ぴしゃん」の4つを行わせていただき、特に「フルーツパフェ」と「三ツ矢サイダー」が人気でした。
中には携帯でムービーを撮っている先生もいらっしゃいました。
パネルシアターは自作の「ブレーメンのおんがくたい」を演じさせていただき、カンペなしで演じたことを高く評価していただきました。
とても楽しい反省会でした。
反省会終了後、職員室に挨拶に行くと、担任だった先生が「関口くん頑張ったからね。はい、これご褒美」と言ってお菓子をいただきました。
その時、僕は年中だった時の自分を思い出していました。
保育現場において子どもが行事などで一生懸命頑張り、その子どもの頑張りに対し、保育者が「はい、これはご褒美だよ」と言ってお菓子やメダルなどをあげることはよくあることだと思います。
僕の幼少期もまた、何かしらの行事が終わった後にはお菓子、運動会ではメダルといったようにご褒美をもらい、そういった時の担任だった先生の言動が微かですが、記憶に残っています。
本当に担任だった先生の細かな言動が当時の自分の記憶と重なり、とても懐かしかったです。
お菓子、美味しくいただきました!
ありがとうございました!!
 
↑担任だった先生にいただいたお菓子

〈実習を通して〉
今回、本当に久しぶりに出身園に行きました。
園舎に入ったのは3年前にバザーに行った時と最近なのですが、幼稚園での生活は卒園以来14年振りでした。
昔と変わらない歌や遊び、運動会でも僕が在籍した頃に行っていた競技が現在も行われていたりなど、本当に懐かしく、子どもの時代に戻ったような気持ちになりながら、実習を楽しみました。
また、僕が在籍した頃にいらっしゃった先生は4人と少なくなりましたが、先生方の人情の温かさというのは昔と変わらず、温かい気持ちに包まれながら、とても充実した実習期間を送ることができました。
子ども達もまた、後輩に当たる子ども達ということで、特別な思いがありました。
本当にまた会いたいです。
もちろん、贔屓ではありません。
どこの幼稚園・保育園に行っても子どもは子どもであり、関わるうちに愛着が芽生えます。
また、これから就職活動も始まるため、子ども達に会いに行けるのはバザーと発表会のあと2回程であると思うので、バザーと発表会にはぜひ行きたいと思っています。
早いもので、涙々の別れから11日が経ち、一昨日からは休む間もなく施設実習が始まりました。
子ども達からもらった笑顔や元気を胸に、残り9日間となりましたが、施設実習頑張ってきます!

〈おまけ〉
その1
実習で倶知安に帰っている時、羊蹄山を撮りに行きました。
夕方はともかく、朝は雲がかかってあまりキレイに見れないことが多いのですが、運良く朝日の当たる羊蹄山を撮ることができました。
また、夕日の当たる羊蹄山も撮りました。
 
↑左:朝日のあたる羊蹄山、右:夕日のあたる羊蹄山

その2
実習が終わった次の日、札幌へ帰る前に隣町の京極の名水を飲みたいと思い、京極のふきだし公園に行ってきました。
久しぶりの生水、本当に美味しかったです!
ちなみに、某コンビニで「京極の名水」と題して販売されていますが、あれはあくまで“製品”です。
本物の生水とは天と地ほどの差があります。
ぜひ、生水を飲んだことがない方は飲みに行ってみて下さい!
また、京極の湧き水は北海道遺産にも指定されています。
 
↑左:湧き水、右:北海道遺産の石碑


保育園ボランティア

一昨日、6月14日から7月8日までの22日間、保育実習でお世話になった保育園にボランティアとして行ってきました。
明日から幼稚園教育実習が始まるため、実習前に子ども達と関わり、実習につなげたいと思っていたためです。
僕が園庭に出るや否や子ども達がたくさん集まってきました。
年長さんのR・Kくんには「何で今更来たの?」と言われ、思わず笑ってしまいました(笑)。
しかし、そういうことを言いつつも、とても嬉しそうでした。
久しぶりに子ども達と鬼ごっこをして体を動かし、砂場でも遊びました。
朝の自由遊びの時間が終了し、以上児(3・4・5歳児)さんクラスでは実習中に最も入った数の少なかったクラスに入らせていただき、一緒に園庭にある畑に枝豆を採りに行き、収穫しました。
その後、豊平公園に遊びに行き、山の周りをマラソンしたり、かくれんぼしたり、花摘みをしたりなど、色々な遊びで楽しみました。
感激かつ感謝の気持ちでいっぱいだったのは昼食時に給食の味噌汁をいただいたことです。
豆腐とシメジの味噌汁であり、久しぶりに口にしたあの美味しさは忘れられませんね。
昼食が終了し、午睡で子ども達の背中や頭を擦ったりしながら眠気を誘っていたのですが、久しぶりに僕と会ったためか、はしゃいで眠れない子ども達がいました。
寝るように言葉がけしつつも、やはり嬉しかったです。
休憩後は運動会で使うであろう物の制作を頼まれ、行いました。
子ども達が起床し、おやつを食べた後は教室での自由遊びをし、オセロや積み木を使って遊びました。
園庭に出る前に4歳になるK・Kくんのお誕生日会が行われました。
K・Kくんの身長の話になった時、ある男の子が「6センチ」と言い、少し大きな声で笑ってしまいました(笑)。
その後、園庭では次々に子ども達に色々な遊びを迫られ、対処に困ってしまいました・・・。
結局、もたついているうちに違う遊びに行ってしまった子どももおり、言葉がけや対処の仕方をこれからもっと学んでいくべきだと感じました。

全体的に嬉しかったことは、
・フルネームで僕の名前を覚えていてくれたり、「他の幼稚園での勉強が終わったらまたここに来て」と言ってくれた子どもがいたこと(年長さんのM・Oちゃん)
・恥ずかしがりやで実習中にはあまり僕のところに来なかった子どもが夕方の自由遊びの時に自ら手をつなぎに来てくれ、終始手をつないでいてくれたこと(2歳児さんのR・Yちゃん)
・実習中に生活の中ではよく話しかけてくれていても、お迎えが来たら親御さんのところへ一直線で、親御さんに「先生にバイバイしなさい」と言われないとバイバイしなかった子どもが親御さんに言われなくとも自ら笑顔でたくさん手を振ってバイバイしてくれたこと(年少さんのNちゃん)
・実習中に一度も「先生」と言わなかった子どもが「先生」と呼んでくれたこと(2歳児さんのR・Tくん)
・実習中にあまり話さなかった子どもが「あ、実習の先生だ」と言って覚えていてくれたこと(年中さんの男の子)
・保育実習が終わった後に転入してきた子どもが「僕のこと知らないでしょ?」と言いながら近づいて来てくれ、遊びに誘ってくれたこと(年中さんの男の子)
・実習中に「先生、ここに来て」と言って昼食や午睡、おやつ時に僕を呼んでくれた子どもが相変わらず午睡の時に呼んでくれたこと(年中さんのC・Kちゃん)
・実習終了時間になると「帰らないで」と言ってくれたり、実習最終日には帰り道の途中まで見送ってくれた子どもが変わらずボランティア終了時間に「帰らないで」と言ってくれたこと(年中さんのA・Sちゃん)
などなど、たくさんありました。
少々心残りだったのは実習最終日に年長さんのH・Iくんと鬼ごっこをする約束をしていたのですが、あいにくの雨でできなくなり、一昨日もH・Iくんは水泳教室があり、夕方の自由遊びの時にいなかったので、結局鬼ごっこをできなかったのが残念でした(朝もいなかったので・・・)。
また、年長さんのM・Oちゃんが「運動会や発表会、観に来てね」とたくさん言ってくれました。
「行けたら行くよ」と返事をしていましたが、「いや、絶対!」と何度も言ってくれました。
本当はどちらかでも観に行きたかったのですが、運動会は幼稚園教育実習と重なり、発表会は平日で学校ということで行けそうにないことがとても残念です・・・。
純粋な子どもとの約束・・・「守れない」という現実ほど心が痛いものはありません・・・。
しかし、暗いことばかりを思っていても仕方がありませんね。
一昨日、子ども達とたくさん遊び、フレッシュな元気をもらい、明日からの幼稚園教育実習の力となりました。
先生方にもまたとても良くして下さり、感謝しています。
幼稚園教育実習、頑張ってきます!

↑子ども達と一緒に収穫した枝豆。休憩時にいただきました。美味しかったです!ありがとうございました!!

〈追伸〉
短期間で子ども達全員の名前を覚えるのはなかなか大変でした。
イニシャル表示が名前・苗字になっているもの、名前のみのもの、性別のみのものがありますが、ご了承下さい。
せめて、覚えているところだけは忘れずに覚えていたいため・・・。


どろんこクラブinさとらんど

過ぎし日の思い出第2弾!
どろんこクラブのボランティアについてです。
行ったのは6月5日・・・。
そのもっと前には同じくどろんこクラブのボランティアの感覚統合にも3回行きました(今後、いつか感覚統合について書きます)。

タイトルにもあるように、6月5日はさとらんどへ行ってきました。
当時、保育実習2週間前でしたが、実習前にいかに「子どもと関われるか」ということを大切にしたいと思い、参加しました。
僕が今まで参加したオリンピアボウルと感覚統合3回の計4回ともクラスメイトのM・Oくんと一緒に行きましたが、今回M・Oくんは欠席でした。
基本的にM・Oくんは感覚統合専門で行くと言っていました。
ところで、どろんこクラブのボランティアに4回参加した時に担当させていただいたのはいずれも小学生でしたが、さとらんどでは高校1年生の男の子(Bくん)を担当させていただきました。
一緒にさとらんどの色々なところを回り、固定遊具や汽車、馬車などに乗って一緒に遊びました。
また、どろんこクラブの職員の方のレクリエーションもあり、しっぽとりゲームなども行い、とても楽しかったです。
昼食は焼肉&バーベキュー!
おにぎりや焼きそばもあり、本当に美味かった!!
ちなみに、Bくんはおにぎりを7個近く食べており、とても食欲旺盛でした。
また、僕が気づかないうちにBくんが僕の皿におにぎりを2個程入れてくれており、その前に3〜4個食べていた僕も結果的に6個は食べました。
反省会の時には「1人2〜3個で計算していた」と職員の方が言っており、Bくんのことはともかく、僕のことに関しては“シー”でした(笑)。

全体的な感想としては「子どもと関わる」という目標にはそぐわなかったものの、とても楽しめました。
実習前ということもあり、緊張感や不安もありましたが、“人”と関わることでそれを解消できました。
保育実習でお世話になった園長先生も仰っていましたが、子どもを専門に扱う職業に就くためにはもちろん子どもとの関わりも重要かつ必要不可欠となってきますが、幼稚園・保育園共に関わるのは子どもだけではなく、先輩の保育者や保護者など、大人とも関わります。
ですので、年齢関係なく、「“人”と関わることが大切」だと少なからずかもしれませんが、この時のボランティアを通して学べたと思います。
この後、幼稚園教育実習や施設実習があり、忙しくなりますが、機会があればまたどろんこクラブのボランティアに参加したいと思います。

〈リンク〉
http://importants.jugem.jp/?eid=19(どろんこクラブinオリンピアボウル)


どろんこクラブinオリンピアボウル

昨日、どろんこクラブという団体のボランティアに行ってきました。
そこには障がいを持った子ども達が通っており、昨日はオリンピアボウルに行き、ボーリングをしてきました。
1人のボランティアが1人の障がい児を見るようになっており、僕は小学4年生の男の子(Aくん)を担当させていだだきました。
Aくんの両親もまた、障がいを持っており、2人とも聾唖者だそうです。
事前指導ではどろんこクラブの職員の方に子どもの去年のボーリングでの状況を聞かされ、去年は順番が待てなかったり、2ゲーム全てをできなかったりなど、集中力がなかったそうですが、昨日は決してそういったことはありませんでした。
もちろん、僕が毎回Aくんに順番を促しますが、Aくんはきちんと僕の隣に座っていてくれましたし、終盤に少しAくんの集中力が切れてゲーセンのコーナーに行きましたが、2ゲームしっかりできました。
また、Aくんは全てのピンを倒さないと悔しがり、一度スペアを取った時にはとても喜んでいました。
反省会の時に話すと、職員の方は去年と比べてAくんに集中力もつき、1本倒して喜べるよりも悔しがれるということはAくんがゲームをどのようなものかを理解しているということの証明でもあり、すごいことだと言っていました。
昼食後は月寒公園に行き、滑り台やサッカー、散策などをして楽しみました。
滑り台の周りは雪解け直後でぬかるんでおり、滑り台は泥だらけでした。
Aくんに勧められ、僕も滑りましたが、泥だらけになりました(笑)。

これまで障がいを持った子どもとは小学校時代に養護学級の生徒と関わりましたが、1対1で関わったのは今回が初めてでした。
また、聾唖者の方と関わったのも今回が初めてであり、Aくんのお母さんと話す機会があり、その日の活動風景を手短に話しました。
Aくんのお母さんは耳が聞こえないので、手話か口の動きを見て相手の意思を読み取るそうですが、僕は手話ができないので、僕の口の動きを見てもらい、意思を伝えました。
口の動きで本当に僕の意思を読み取ってくれ、こちらの問いかけに対する適切な返事も返ってきました。
手話の授業でも色々なことを聞き、学びましたが、改めてすごいことだと思いました。

また、他の一般ボランティアの人達を見ていると、何度も来ている人もいるようでした。
僕と同じく、保育士や幼稚園教諭、小学校教諭など、そういったものを将来の夢としている人達も多いようでした。
その中に高校時代の友達のY・Tくんもおり、かなり久しぶりに再会しました。
全体を見ていると、何度も来ている人の中には子どもと仲良くなり、友達感覚になりすぎ、「オメー」・「バカヤロー」・「そんなことしたらイテーべや」など、汚い言葉遣いが見受けられました。
もちろん、仲良くなることはいいことですが、年下だろうと同年代だろうとやはり教育者を目指す目指さない関係なく、特に教育者を目指すのであれば美しい言葉遣いをすべきだと思いました。
一緒に行ったクラスメイトのM・Oくんには「そういうことに気づけるようになったのはオレらの成長の現われだな」と言われ、同感しつつも、1日子どもと関わっただけでM・Oくんも僕も疲労を感じたので、保育者となり、毎日子どもと関わることを考えると、まだまだ僕達はひよっこだとお互いに感じていました。
今週の土曜日は緑ヶ丘療育園に行き、筋力トレーニングをする「感覚統合」という活動があるそうであり、今週も行くつもりです。


第3回稲積公園冬まつり

まずはみなさん、テストお疲れ様でした!
幼稚園コースの人は残り2日間、もうひと分張り頑張りましょう!!
ところで、みなさんは子どもとの関わりを持った時、どのようなことを感じますかまたは感じたことがありますか?
僕は先週の13・14日、稲積公園で行われた雪まつりのボランティアにクラスメイト数名と一緒に参加してきました。
様々な遊びのコーナーを担当する上でたくさんの子どもとの関わりがありました。

1日目、僕はスノーキャンドルがいくつか壊されていたのを補強する作業、その土台にローソクを入れていく作業、それに火を灯す作業を行いました。
補強は平均的に1人15〜20個くらいずつ行い、この作業も結構大変でしたが、特にローソク入れが大変でした。
一緒に補強していたE・Oくん、S・Kさん、Y・Yくんが他の担当を任され、M・Oくん、K・Nくん、僕の3人と他校の生徒3人の2手に分かれ、300個近くもある土台にローソク入れることになりました。
本当に気の遠くなるような作業をしている時、「僕達も手伝いたい!」と小学生の男の子が3人手伝ってくれることになりました。
そのお陰でかなりのスピードで仕事が片付いていきました。
仕事が終わり、K・Nくんと僕で子どもに1人100円ずつ礼金を渡しました。
ラフティングボードのコーナーには1回50円かかるのですが、その子ども達はまだ乗っていないまたはお金がないからということだったので、僕達はラフティング代にでもと思って渡しましたが、「妹にお菓子でも買ってあげようかな」と言っている子どももおり、そんな子どもの姿に関心しました。
また、子ども達と別れた後、僕達はかまくらや雪像などにもローソクを入れたり、置いていく作業が残っており、作業をしていると、礼金のお礼とばかりに子ども達がココアを僕達1人ずつに持って来てくれました。
僕達はそんな子ども達の健気な心遣いにただただ感激するばかりでした。
本当に優しい小学生でした。
ローソクを全て置き終わり、今度は火を灯す作業でした。
これは15人程で行ったので人的不備はありませんでしたが、チャッカマンの火がつかない(笑)!
結構苦労して火を灯していきました。
全ての作業が終った後、花火大会が行われ、久しぶりに花火を見ましたが、本当にキレイでした。
帰る頃に夕食の準備がされており、おにぎり2つと豚汁でした。
昼食と同じメニューでしたが、仕事をやりきった達成感があったため、格別の美味さでした。
 
 
 

↑これ、どう見ても山小屋のオヤジだよね(笑)?

2日目、僕はM・OくんとE・Oくんと一緒にサッカーのコーナーを担当しました。
最初は誰も来ないコーナーでしたが、次第に大盛況となりました。
僕は主に子ども達がゴールを外したボールを拾いに行く係を担当しており、1時間半くらい走り回っていました。
終盤では子ども達と一緒にサッカーを楽しみ、スライディングされたり、氷の雪球当てられたりしましたが、本当に楽しかったです。
特にM・Oくんが子ども達に大人気であり、スライディングの回数も半端なかったです(笑)。
また、こんなに体を動かしたのは久しぶりであり、かなり疲れました(笑)。
この日は午前中のみで終わりでしたが、昼食を食べ終わり、僕はM・OくんやE・Oくんと相撲をして遊んでいましたが、実行委員の方に「かまくらを壊すのを手伝って欲しい」と頼まれ、手伝うことになりました。
M・Oくん、S・Kさん、M・Kさん、H・Zくん、R・Sさん、H・Hさん、Y・Yくん、僕の8人が残り、作業を行いました。
2時間近くかけ、厚さ1.5メートル近くある壁を天井から地道に壊していきました。
壊している途中、M・Oくんにかまくらの上から引きずり落とされたり、僕がM・Oくんを落としたりとみんな遊びながら作業して楽しかったです。
楽しかったのはいいけど・・・次の日の筋肉痛が半端なかった(笑)。
今も若干筋肉痛が残っています(笑)。
かまくら崩しの後はキャンドルの土台を壊していきました。
特にH・Hさんと仲良くなった小学生の女の子2人とかまくら崩しの時に近くにいた小学生の男の子と一緒に壊していきました。
全て終了して駅に向かう時、一緒に小学生の女の子2人が着いて来て最終的に見送りまでしてくれました。
色々な関わりを持つことができ、色々な子ども達の優しさに触れることができた素敵な2日間でした。

↑壊したかまくらの中で実行委員の方に撮っていただきました

僕は子どもと関わった時、僕が子どもに教えることよりも子どもから教わることの方が多いと感じます。
学校の知識の勉強も保育者経験者の話を聞くことももちろんすごくためになりますし、大切なことですが、何よりも子どもと関わる仕事である以上、子どもから学ぶことが最もためになるのではないでしょうか?
子どもとの関わりこそが最もいい体験や知識となっていきます。
まさに子どもこそが“先生”です!

※今回掲載した写真は全てM・Oくんが撮影したものです。


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